空の鳥 agirlfromosaka

主に飼い猫+野鳥を撮って、紹介しています。 北海道と読書と温泉が好きです。

奇跡の人 サリバン先生

芝居や映画になった視覚聴覚言語障がい者の三重苦、ヘレンケラーのお話「奇跡の人」は、英語では「Miracle Worker 」と言って、サリバン先生の事を指している。

子供の頃から繰り返し繰り返し読んだヘレンケラーの伝記。アメリカ視覚障害基金のホームページに、手紙や写真とともに詳細が書かれていたので読んで、私が知らなかった新たな事実を知った。

  1. サリバン先生の父親はジャガイモ飢饉の時アイルランドからマサチューセッツに移民して来た文盲の貧しい雇われ農民で、5人子供がいたが二人を早くに亡くした。妻が死亡した時、アル中でDVだった父は逃亡、妹は親戚が引き取り、トラコーマで目が不自由なサリバン先生と結核性股関節症の弟は救貧院に預けられ、3ヶ月後弟は死亡。書類が残っている。http://www.afb.org/annesullivan/asmmediaviewer.asp?FrameID=72#main
  2. 14歳の時救貧院に視察に来た人の前にかけ出て「学校に行きたい」と叫んだ事がきっかけで、盲学校へ入ることが出来た。2年後ボストンの耳と目の病院(今もある)で手術に成功、字も見えるようになる。キレやすいので「Miss Spitfire(かんしゃく持ち)」と言われるが、文盲からたった4年で優等で卒業。総代としてスピーチした原稿も残っている。http://www.afb.org/annesullivan/valedictory.asp
  3. サリバンは北部人。ヘレンケラーの家にベル博士(電話を発明した偉人だが母と妻が聴覚障害者だった)の紹介で来ることになったが、南部の地主のヘレンの父は南北戦争が終わって22年しか経っていなかったので北部に偏見があり、意見が衝突した際「あのヤンキー(北部の)娘を返そう。」と言った。
  4. 闇と静寂の世界にいたヘレンケラーが井戸の水を指文字で「WATER」と綴ってそれが名前だと知った時まで、1ヶ月。それまで訳が分からず暴れる野生児ヘレンに歯を2本折られた。
  5. 進学のためボストンへ行った二人。盲学校を始め、ハーバード大学の女子大ラドクリフ大学の授業すべてに付き添い、視覚聴覚障がい者用のアルファベットの手話で通訳した。どれほど大変だったろう。
  6. 11歳年下のハーバード大学を出た若くてハンサムな編集者ジョンメーシーと恋愛結婚。でも宗教(サリバンはアイリッシュなのでカトリック)が違う上、彼に飲酒の問題があり、キレやすいサリバンと上手くいかず、6年で破局。メーシーは別居後新しい出会いがあって子供までいたがが、死ぬまで離婚してあげなかった。
  7. お金に困って旅回わりのサーカスやショーに出たこともあり、家も売ったが、カーネギーが助けてくれた。
  8. 悲しみのあまり弱って結核と診断されたサリバン、保養のためニューヨークのプラシッド湖に秘書ポリーと行ったが、そこにあった旅行パンフレットを見て突然プエルトリコ行きの船の切符を二枚買う。第一次大戦が始まるまでヘレン抜きで5ヶ月過ごす。ヘレンは帰省。考えればサリバン先生は雇われてるんだから、休暇も必要だ。
  9. 晩年は目が再び悪化するも、障がい者基金集めの講演会の旅回わりをヘレン、ポリーと三人で続ける。70歳で動脈瘤と老衰で亡くなった。

 

サリバン先生は、社会のどん底で苦労した人だから、底力がある。孤独な身の上で気の毒だったが、恋をし結婚もし、ヘレンケラーを暗闇と静寂から助ける、という偉大な仕事を評価されセレブになり、旅をし、人生を楽しんだ時期もあった。受賞を遠慮して断っているのも奥ゆかしい。

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