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空の鳥 agirlfromosaka

主に飼い猫+野鳥を撮って、紹介しています。 北海道と読書と温泉が好きです。

オルデン牧師

大草原の小さな家」シリーズには実在の人物オルデン牧師が登場する。f:id:dollyosaka:20170305001216j:image

ローラインガルスも家族もオルデン牧師が大好きで尊敬していた。

ローラの残した文学とテレビシリーズによって彼の名は死んでも残った。

ところが、後年の資料により、彼にはちょっと知られていない部分があった事が分かっている。

オルデン牧師は1836年に清教徒の9代目の子孫としてバーモント州に生まれ、ダートマス大学卒業後、メイン州のバンゴー神学校へ進み、結婚。最初の妻は若くして亡くなり、アンナと1863年に再婚。希望して、ニューオリンズのストレート大学(黒人のための大学)で教える事を受け入れられたが、到着して夫婦とも病気になった。バーモント州へ戻って1864-67年まで牧師になった。その後、家庭伝道協会から教会を創設するためにミネソタ州ワセカで1867-70年まで牧師をし、妻子と暮らしていた。1874-75年ウォールナットグローブで教会を建設。インガルス夫妻に洗礼を授けた。

その後彼はミネソタ州サウスダコタ州の入植地スリーピーアイ、ニュー アルム、バーンストン、サラトガ、マーシャルを旅しながら巡回牧師をし、新しい街の教会建設を励ましてきた。

1879年シルバーレイクの偶然測量技師の家でインガルス家族と出会い、デ・スメットで最初の礼拝をささげた。

このエピソードはローラ・インガルス著「シルバーレイクの岸辺で」に書かれている。

シルバー・レイクの岸辺で―インガルス一家の物語〈4〉 (福音館文庫 物語)

新しい町デ・スメットの教会の牧師に就任するはずだったが、先にブラウン牧師が来ていたので身を引いて去った。

その後は今のノースダコタ州に移って、1889年までフォート・ベルトルト先住民保留地でインデアンの代理人をしていた。

※参考What Happened to Those People Laura Ingalls Wilder Wrote About? 著者: Daniel D. Petersonより。

 

ところがここからが問題である。

 

1885年、妻子とではなく16歳の学生とサウスダコタ州スピンク郡に住んでいた事が記録に残っている。

ローラの父さんも母さんもその事を知っていたが、「それでもブラウン牧師よりオルデン牧師が好きだ」と言っていたので、何か深い事情があるのだろう。

さらに仲介人をしていたフォート ベルトルト先住民保留地の先住民に嘘をついたと怒らせ、命を狙われた事が、1878年8月15日のNYタイムズの当時の記事に残っている。「Fake news!!!」とわめいたトランプ大統領じゃないけど誤解だと願いたい。

彼は1890年東部故郷ヴァーモント州に戻り、聖職に復帰して前妻と離婚しないまま別の女性、子連れ未亡人のキャリー・アダムスと再々婚、77歳で死んだ。

法律的には重婚かもしれないが、電話もネットもなかった時代、命も狙われてるし、離婚したくても連絡の取りようがなかったのかもしれない。

 

ところで捨てられた気の毒な家族はどうなったのか。

長男ジョージ(1866-1944)はカールトン大学を卒業、ハーバード大学院で学んで大学教授に、

Archives: Alden

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次男フレデリック(1873-1955)もミシガン大学の化学と薬学で学士を取り、研究所勤務の後イラストレーターになって名を残した。

F. W. Alden (1873-1955)

アンナは93歳まで生き、子供が立派になったのを見届けて亡くなった。ミシガン州に埋葬されている。f:id:dollyosaka:20170305000614j:image

あの時代にハーバード大学院に行かせるなんて、お金はあったのだ。

オルデン牧師はきっと仕送りをしていたんだな。時々帰っていたかもしれない。

オルデン牧師がインディアンに命を狙われたり、16歳の学生と家出していた頃、子供達はまだ小学生だった。妻アンナはきっと夫を信じて、子供には余計な情報を耳に入れさせず父を尊敬させ、立派に育てたんだろう。

テレビやラジオが無かったから出来たのだ。

立派な女性だな。

#大草原の小さな家