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空の鳥 agirlfromosaka

主に飼い猫+野鳥を撮って、紹介しています。 北海道と読書と温泉が好きです。

猫も杓子もパフスリーブ1895年

ヴィクトリア時代の後期、1893-5年頃に何を思ったか突然パフスリーブが大流行した。

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f:id:dollyosaka:20170314211601j:image1895年

赤毛のアン」で、地味で筒袖の服ばかり着ているアンを見てマシューが「どうもアンの服は他の娘と違う。」と気づいて、近所のリンド夫人に頼んで縫って貰ってプレゼントした、あの服である。辛辣なマリラは「袖の分でブラウス一枚生地が取れる」と言ったけど、マリラが正しい。

2月14日のブログにも載せた。

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画家クリムトの恋人だった美貌のダンサー、クレオ・ド・メロードも。f:id:dollyosaka:20170314162351j:image

 

 

誰より勝ってるのはこの女性。番付表があれば、横綱だ。f:id:dollyosaka:20170314165158j:image卒業記念写真だそうだ。

 

王室も流行に敏感だった。

 f:id:dollyosaka:20170314165247j:imageモード王女、のちのノルウェー王妃。

 f:id:dollyosaka:20170314170001j:imageヴィクトリア王女。

 

メイドもパフスリーブにした。f:id:dollyosaka:20170314170128j:image

 

自転車をこぐ集団パフスリーブ。1898年。この頃から、流行は大きく変わり、もはやあのすごいパフスリーブは消滅するのである。f:id:dollyosaka:20170314162354j:image

 

犬が好きだったヴィクトリア女王

エリザベス女王の高祖母、ヴィクトリア女王も犬が大好きだったようだ。

 

この絵には上等の椅子や絨毯の上でクタッと死んでいる鴨が描かれている。猟の成果を祝っているのか。この後誰が掃除したんだろう。

 

1854年の写真。女王の足元に犬が二匹お座りしている。犬でも序列はわかっているのだ。f:id:dollyosaka:20170313172551j:image

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未亡人になって喪に服されてからも、犬は良い友達だった。

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女王の犬とお気に入りの侍従、ジョン・ブラウン。馬の世話係として名高いが、犬の世話係もしたのか?f:id:dollyosaka:20170313172847j:imagef:id:dollyosaka:20170313172855j:imagef:id:dollyosaka:20170313173548j:imagef:id:dollyosaka:20170313175353j:imageなぜ女王は手袋と手紙を地面に投げ捨ててるの?この絵の説明を聞いてみたい。

犬が好きな女王

女王の愛犬はロイヤル・コーギーと呼ばれている。f:id:dollyosaka:20170312174838j:imagef:id:dollyosaka:20170313124420j:image

公務にも連れて行くそうだ。f:id:dollyosaka:20170313124413j:image

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f:id:dollyosaka:20170312174948j:image侍従が大変そう。f:id:dollyosaka:20170312174957j:imagef:id:dollyosaka:20170313114845j:imagef:id:dollyosaka:20170313115257j:image

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 一番多い時13頭飼っていたそうだ。

f:id:dollyosaka:20170312175717j:image広い宮殿で粗相はしないんやろか。掃除大変そう。

f:id:dollyosaka:20170312175023j:image上等のドレスの上に座ってる犬、フラッシュが嫌いらしく、目をむいている。

f:id:dollyosaka:20170313115711j:imageご家族も付き合う。コーギーのセーターを着る女王。日本の皇室だったらこんなユーモアたっぷりの記念写真あり得ない。

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あれから6年。今生かされている事に感謝。

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寒い日だった。あの日も寒かったな。東北はもっと寒かったろう。今もご苦労されている被災者と、そこで支援している方々に、神からの助けがありますように。

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ヒグマのように冬眠していたが、数週間ぶりに市外へ外出、ご主人と帰省している友人と少しの間、北野田ロータリーでお茶。お祖母様は99歳になりはったそうだ。素晴らしいなあ。

 

幕末明治のお姫さま

歴史

※すべて敬称略

何と言っても将軍に嫁いだ天璋院篤姫。大奥に居住。f:id:dollyosaka:20170310092317j:image

 

和宮 親子内親王f:id:dollyosaka:20170310092803j:image婚約してたのに、引き離されて将軍に降嫁。待っていたのは恐い姑。お気の毒。

 

明治天皇の御生母英照皇太后。引き眉。f:id:dollyosaka:20170310093836j:image

 

明治天皇妃、昭憲皇太后 威厳がある。日本で初めて洋装した妃である。


明治天皇第六皇女昌子内親王。第一から第五と第十皇女は夭折。

明治天皇第七皇女房子内親王f:id:dollyosaka:20170310112908j:image

明治天皇第八皇女充子内親王f:id:dollyosaka:20170310113124j:image

明治天皇第九皇女東久邇 聡子。f:id:dollyosaka:20170310113619j:image

 

 幼少時の九条節子。のちの貞明皇后昭和天皇の母。f:id:dollyosaka:20170310132112j:image

 

能久親王妃富子。f:id:dollyosaka:20170310140358j:image宇和島藩主伊達家の姫。

 

華頂宮郁子。f:id:dollyosaka:20170310095003j:image1868年。南部藩主の姫。

 

松平慈貞院(貢姫)f:id:dollyosaka:20170310095234j:image引き眉。多分お歯黒も。

 

島津成彬が撮ったとされる。左より典姫(のりひめ)、暐姫(てるひめ)、寧姫(やすひめ)。f:id:dollyosaka:20170310104140j:image

 

威仁親王妃慰子f:id:dollyosaka:20170310104407j:imagef:id:dollyosaka:20170310104633j:image前田藩主の姫。

16歳の柳原白蓮大正天皇の従妹。f:id:dollyosaka:20170310134952j:image

梨本宮伊都子妃f:id:dollyosaka:20170310105608j:imagef:id:dollyosaka:20170310105900j:image彼女の日記はすごく面白い。美しくて賢くて達筆。

 

梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和 (小学館文庫)

梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和 (小学館文庫)

 

 

 

カッコいい幕末のサムライ

歴史

幕末のサムライは写真が結構残されている。

どの人も生きるか死ぬかの世界に生きて来たので、眼力がスゴく、2枚目である。オカメひょっとこ顔では斬られてしまうのであろう。

f:id:dollyosaka:20170309194519j:image中津藩・九代藩主、奥平昌遭。

「殿、後ろの毛がくしゃくしゃです。」

 

f:id:dollyosaka:20170309194909j:image勝海舟郷ひろみにちょっと似ていると言うと、年がバレるか?

 

f:id:dollyosaka:20170309195434j:image土方歳三

 

f:id:dollyosaka:20170309195254j:image福沢諭吉。彼の伝記「福翁伝」は抱腹絶倒。

f:id:dollyosaka:20170309195540j:image桂小五郎

 

f:id:dollyosaka:20170309195749j:image伊藤博文、千円札になる前。また年がバレる。

 

f:id:dollyosaka:20170309200022j:image小松帯刀篤姫に出ていた。

 

 f:id:dollyosaka:20170309200333j:image沖田総司。禿げてるんやなくて多分月代。ポニーテールが流行っていた。

 

 f:id:dollyosaka:20170309200558j:image近藤勇新撰組隊長。

 

f:id:dollyosaka:20170309200845j:image増田孝、1863年。

 

f:id:dollyosaka:20170309201122j:image坂本龍馬。彼の親戚は北海道に。

 

渋沢平九郎。22歳で自害。

なんて惜しい。長生きして映画に出て欲しかった。

 

女性を苦しめた纏足

ファッション史

唐の時代の終わり頃からほんの100年ほど前まで中国女性を苦しめたのは纏足の習慣である。9センチの足は三寸金蓮と呼ばれ、美人の条件だった。良い縁談の条件で、纏足でなければ舅姑や夫から蔑まれ、惨めな人生を送ることになったので、母親は泣く子を押さえつけて布で巻き、4本の足を丸めて、先を尖らせた。骨は変形し発熱したと言う。

暴力を振るわれても走れない、というのも逃亡の防止になり、婚家に有利だった。

習慣が完全に無くなったのは戦後なので、今も田舎の村に、纏足の女性が残っている。

f:id:dollyosaka:20170308231037j:imageこのおばあちゃんたちの夫のインタビューを見たことがあるが、嫁に来た時の足の可愛らしさを絶賛していた。

ボストンにいた時ルームメートに中国人学生がいた。彼女の祖母は将軍の第二夫人で、台湾に逃げた時置いていかれ辛酸を舐めたそうだ。纏足は西洋のハイヒールと同じで、歩くとなよなよとセクシーだったんだそうだ。

それにしても、幼児虐待もいいところだ。

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セーラムのピーボディ博物館で本物の靴を見たが、小さくて美しく刺繍が施されていた。

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f:id:dollyosaka:20170308232547j:imageこの子は枕を売っている中華民国の女の子。纏足は貧しい少女にも施された。

 f:id:dollyosaka:20170308233053j:image1890年の姉妹。

これも1890年。

パールバックの「母の肖像」には19世紀の、虐げられる中国女性の実話エピソードが出てくる。

母の肖像 (新潮文庫)

母の肖像 (新潮文庫)

 

 また彼女の「大地」には纏足をするかしないかで、扱いがどう変わるかも詳細に書かれている。

 

 

 私の七五三の着物の写真をアメリカ人に見せたことがある。その人(60代)は「纏足されなくてよかったね。」と言った。

それ、いつの話や。私はジャパニーズや。いっぺんはったおそか💢