空の鳥

主に飼い猫+野鳥を撮って、紹介しています。

ランドセルの思い出

ランドセルが多様化して、今ではカラフルになって選べるらしい。

私の時代は女の子は赤男の子は黒と言う暗黙のルールがあった。

小学校1年生の初めての授業のあった日。私の隣はKくんと言うおっちょこちょいの男の子だった。

何せ不慣れなもんで、教科書をランドセルに入れて、下の部分をきっちり止めるのを知らなかったようだ。

下校の時、私たちは一斉に

「先生さようなら、皆さんさようなら、」ばねじかけの人形のように、お辞儀をした。

隣のKくんはお辞儀をした瞬間、ランドセルの中身全てをお辞儀をしている頭の上から全部ばらけてしまった。

このエピソードは何十年たっても私たちのお茶の間の話題になっている。

ラ・ラ・ランド(2016)

アカデミー賞を受賞したミュージカル映画

大きな目のエマ・ストーンとカナダ人俳優ライアン・ゴズリングが主演。

監督のデイミアン・チャゼルは32歳。

渋滞している高速道路の車の上で踊る有名なシーンはジミーファロンのパロディで知っていた。

www.youtube.com

ハウスメートの女の子たちと歌うシーンはフランス映画「シェルブールの雨傘」の音楽に似ている。画面の色彩も。

ダンスしながら飛ぶシーンはウディアレンの「世界中がアイラブユー」のゴールデンホーンを彷彿とさせる。

「ジャズは儲からない。」はバークリーの先生も言っていた。これは本当かも。

オシャレでデートで観るには最適。あ、縁起悪いか。(ネタバレ)

観終わってから、あのシツコイ音楽が頭の中をグルグル回る。

とにかく監督が若いので映画にピュアなものを感じる。

親切な関西人

スーパーで小銭を床にばらけてしまった。

しゃがんで拾おうとしたら、「大丈夫ですかっ」と声がして、数人の人が飛んで来て手伝おうとした。

店員さんだけでなく他の客もである。

関西人は、親切や。

 

さよなら、まだらちゃん

美容院へ。ここは地域の情報交換場で、好きである。

美容師さんがいうには、接骨院の前の茂みに新聞紙をかけた猫の遺体(多分交通事故によるもの)があり、男の子と女の子が、そばで泣いていた。その猫は黒っぽい尾だったのが少し見えた、その次に見に言ったら撤去されていたそうだ。

死んだのはマダラちゃんとちゃうか、と思う。良くバス通りを横切っていた。泣いていた子供たちは目撃したに違いない。享年9才。幸せな猫だったな。

 

感染症が良くならず、かかりつけ内科は休診日なので、専門医に行く。顕微鏡検査の結果まだ治ってなく、別の抗生物質を処方してもらう。

 

チャーチカフェに寄り、友人とオヤツ食べる。

ドラマ「エル・チャポ」

メキシコに実在するゴッドファーザーの実話に基づいた Netflixのドラマ。

主人公は捕まったが賄賂を気前よく配り、刑務所から2回脱獄する。

人の心も命の保証も、札束で買えないものはないんだな、とてもわかりやすい。

主人公エルチャポを演じる俳優は本人そっくり。

「手下ども」役はよくこんな人相のひとをメキシコ中から集めて来たなと思う。

メキシコのドラマなので、生活や習慣が興味深い。

マフィアといえど家族はとても仲が良く、母親は敬われるし、兄弟や子供への愛情が深い。

家族の誰かが死ぬと写真の前にろうそくをいっぱい置く。

料理はどれも美味しそうで、犬は放し飼い。

f:id:dollyosaka:20180807233625j:imageうちの猫の眼力、たいがい恐いです。

 

広島原爆の日にアメリカから来た一通のメール

原爆の日。寝過ごし、起きたら式典はもう終わっていた。

ボストンのジョンからメールが来た。

原爆の日なので過去につらい思い出のある日本の人々のために祈ります。」

いう内容。

彼はWASPでトランプ支持者ある。

10年前、

「原爆の投下は戦争を終わらせるためにした正しい行為だった。」

と言って、私を猛烈に怒らせたことがある。

それが一転どういった吹き回しなのだろう。

私の推測では、去年の北朝鮮の核ミサイルの脅威は、米国民をかなり怖がらせたのではないかと思う。

ヒロシマ原爆記念日について考えるようになったのである。

 

おそろしい女中の日記

羽仁もと子著「女中訓」を青空文庫で読む。

彼女は「婦人之友」の創刊者でクリスチャン、記者、起業家、教育者、家計簿の発案者、学校創立者、エッセイストでもあった。(1873−1957)

母は長年、婦人之友を愛読。今も彼女の考案した家計簿をつけている。

さて、今日紹介したいのは「女中訓」である。書かれたのは大正10年なので、西暦1921年

97年前、女中と呼ばれる住み込みのメイドが中流以上の家には必ずいた。その女中たるものどうすべきか、という訓示が書かれている。その中で日記についてこういうのがあった。

日記をつけるということは、ほんとうによくすれば、いろいろな利益のあるものですけれど、……(中略)大切な自由時間を、毎晩毎晩二、三十分をついやして、きょうは暑くってほねが折れた、寒くって泣きたかった、小言をいわれていやだったというふうなことを、だらだら書くようなのは、役にも立たないことだと思います。……(中略)日記というよりは、何となくあらさがし、不平録ろくといったようなもののできるのは、第一に書くものの恥になります。
 書いておきたいなら、新しい料理を習ったときに、その仕方をかきつけたり、珍しいところに遊びにつれて行ってもらったときにそのことをしるしたり、のちのちのためにもなるようなことを聞いたときに書いておいたりすると、あとから出してみても、楽しみにもなりためにもなるわけです。

これを読んで少し自分も反省。

 

次に女中の日記を読んだある奥様が羽仁もと子に話した内容について。

毎日毎日その日にみえたお客の批評と、主家に起こったつまらない出来事を、まわらぬ筆で、その日記に書いていた女中もあり、きょうも残りもの、きょうも残りものとおかずの小言ばかりを書いていた女中もあったと、この間あるところでもみなさんのお話にうかがったことでした。

ほんとうに女中の日記というものは、おそろしいと思ったということでした。

恐ろしいのは女中の日記を勝手に読む奥様ですよ。