空の鳥

主に飼い猫+野鳥を撮って、紹介しています。

道を歩いていたターキー

ターキーが道を歩いていた。野生である。

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最近の話。ホストファーザーがスーパーへミルクを買いに行く時、近所のピアノの先生の家の庭で、卵12個抱っこしている七面鳥を発見した。数日後全部孵化した割れた卵を発見、さらに数日後路上でひよこ達を連れて歩いている七面鳥を発見した。カルガモと違ってめいめいバラバラで隊列は組んでいなかったそうだ。彼を見るなり親鳥は羽を広げて威嚇を始めた。すると小ちゃなヒナたちも小さな羽を広げて威嚇を始めたそうである。「可愛かったんだ。」とiPhoneの写真を見せてくれた。凶暴でキレやすい鳥なので注意が肝心だ。

アジスというジョンの友達が野生のターキーをうっかり車でひいてしまい、家に持って帰って料理し食べたが、美味しくなかったそうである。やはり養鶏場でまるまる太らせるのがおいしいのだ。

 

午前中は、お世話になったマリリンに会いに行く。娘さんの住む遠い州に行ってしまうと言うので、もう会うのは最後だろう。

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ところで、ランチに行ったタイ料理店はこれ以上まずくするには、どうすれば良いのだろう、と言うほど強烈な味の店で、国王の写真が無かったので、多分タイ人の経営ではないと思う。

焼き飯を頼んだところ、甘くて4分の1しか食べられず、サラダも激甘、スープもインスタントわかめスープだった。お客がいたので、その人々の味覚を疑った。帰り際、残した食べ物を持って帰るか聞かれたが、通常は貰うのだが、「結構です」と思わず言ってしまった。

 

夜は、黒人教会のリハには行かず、スーザンに行こうと言われて、彼女の通っている「コーラスボストン」に飛び入り参加。2時間一緒に合唱して楽しかった。若くて素晴らしいピアニストがいた。彼女は作曲家で腕前もさることながら音楽がよくわかっている人だった。

 

偶然の一致再び

盛りだくさんな1日だった。

まずマウント・オーバーン墓地でバードウォッチング。次にターゲットで衣類を買う。

バークリーのブックストアへ。卒業生はある特典があるので当時の学生証があれば持って行くと良い。店員はサックスの学生で、色々教えてくれた。ボストン音楽院はバークリーになり、Boston Conservatory at Berklee になったそうだ。在学当時セキュリティーが厳しくて建物にすら入れてもらえなかったが、今では同じ大学だ。

次にアクトンの音楽学校へ。経営者が連絡しなさいと言ってくれてしたところ、先生に会いたいと昔教えていた生徒が会いに来てくれた。グランドピアノを先生たちの協力のおかげで使わせてもらい、10年ぶりに教えた。彼はオーケストラの楽譜まで書いて来た。ピアノ・コンチェルトだそうだ。カデンツァのすごい楽譜で、驚いた。「お金を貯めてグランドピアノを買って、続けて頑張りなさい。」と励ます。

 

夜はクーリッジコーナーのレモングラスに行った。思い出のあるレストランだ。

ここで音楽家カップルに会った。このうちの一人が北海道出身で、彼女の家族ぐるみの付き合いのある宣教師に「ボストンに行くなら彼女に会って。」とお願いされたのだ。そこでコンタクトを取ったら喜んで会ってくれたというわけである。

なんと、彼女の歌の先生は、私が版画を習った先生とご兄弟であった。さらにその甥は、昔のルームメイトのご主人であることがわかった。

世間は広いようで狭いわ。

ハリケーン「モンスター・マイケル」がフロリダに上陸。昨日今日と28度もあって、暑かった。

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バークリーが音大じゃなくなる?

10年ぶりに母校のバークリー音楽大学へ行く。

話には聞いていたが、マクドナルドだった場所に、タワービルが出来ていた。

学部の教授トムとアポイントメントを取って面談。

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彼が言うには、私が卒業した後バークリーはすごく変わったそうだ。教授陣の猛反対にもかかわらず、学長の方針で「音楽大学」ではなく、ただの「バークリー」になったそうである。すなわちアートの学部や文学の学部もできて、楽器や音楽と関係のない人が学生になれる。今はまだほとんど音楽の勉強している学生だが7000人にもなるそうである。私の行っていた頃は3500人だった。

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なるほど、「バークリー」だけの垂れ幕だ。

音楽だけの学校だったのに、普通の大学になるではないか!

ショック!

バークリー音楽大学だった頃は音楽テクノロジーとジャズのセオリーのクラスは必須科目で、宿題と小テストでしごかれ、泣かされて力をつける大学だったのだ。

今やバークリー警察まで巡回している。キャンパスは広くないので、どこへ行ってもこのパトカーに出会う。ところで、フェンウェイ22番地のビル以外、ビルのセキュリティーはゆるゆるである。どこでも学生の後ろから入れた。楽器のケースに銃を入れていたらどうするんだろう。

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f:id:dollyosaka:20181010123001j:image駅の近くの高速道路の上のフェンスが、影でいっぱいになっていた。何かの流行だろうか。

懐かしい電車。

 

ステイ先に戻ってみると、借りてる車(ジョージア州・ナンバーのトヨタ)からオイル漏れしているではないか。レンタカー会社に電話すると謝り、交換するから空港へ来て下さい、という。渋滞の中取り替えに行く。迷ってぐるぐる建物周辺の正しい入り口を捜す。

黒人の係員を見つけたが、あまりにゆっくり応対するので、

「今日は誕生日なのよね。約束があるんやから、早くして。」と言うと「ハッピーバースデー。今夜はパーティだね。」とニコニコしてクルマの書類をタブレットで作成してくれた。

どっと疲れた。

 

帰ったらジョンが待っていて、大家さんの車と私のとを入れ替えるのに、鍵を探したりして、大騒ぎだった。

歩いて何度も行ったカルロスへ。入っていきなり今日はこの人の誕生日だからね、とジョンが言うとイタリア系ウエイターが私の名前を連呼しながら歩き、イタリア語で突然何か言い、ハッピーバースデーを店中の客全員の合唱で歌わせ、店の特製スィーツに蝋燭に火をつけて持ってきた。

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顔から火が出るほど恥ずかしかったが、喜んでるフリをせなあかんので、どっと疲れた。

ホストファミリーに気とお金を使わせるから今日が誕生日だと言っていない。

それはいけない、教えるんだとジョンは近所で小さなケーキを買って来て10時まで玄関ポーチで待っていたが、帰ってこないのでケーキの箱にメモして帰って行った。私は慌てて箱からケーキを出して冷蔵庫に入れ、箱を処分。

 

どっと疲れた誕生日。

えらい事になってるアメリカ

夜は大家さん夫妻と一緒に料理し、ろうそくを囲んで食事。

スーザンが一晩出かける、と言うので理由を聞いたら、強制送還される危険のある外国人を政府から守って見張り番するのだそうだ。

「今、この国で何が起こってるか知ってるの?」

政府は6月まで親子を無理に引き離して、親だけ送還していた。まだ約500〜1000人が再会出来ていない。

自分の子を捜すのは、費用が自分持ち。元々お金がなくてアメリカに来ている彼らに、出せるわけない。

教会、お寺、シナゴーグなどサンクチュアリ(聖なる場所)は今のところ司法圏外なので、彼らをかくまえるそうだ。ただし見張り番が必要で、外に出て見つかったら拘束されて、強制送還される。

市民がボランティアでそれをするなんて、アメリカはいったいどないなってる?

「あなたを誇りに思う」とハグしてスーザンを見送る。

大統領だって娘婿がユダヤ人なんだし、ナチスドイツみたいな真似はやめたらいいのに。

恐ろしい国になったなあ。

 

アクトンの音楽学校

同僚だったAさんとランチして10年ぶりに昔の職場へ。

経営者夫妻が大歓迎してくれた。

家族を呼び寄せて、アメリカに移住しないのか?と聞かれた。

ネコと母連れて…想像も出来ない。

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待ってる間、経営者夫妻と昔すごい生徒がいたよね、という話になる。メールが来たよというと「会いたい、てメールしたら?」と盛んに勧めるのでしてみた。すると「会いたい!」と返事が来た。

10年ぶりの黒人教会

10年ぶりに黒人教会へ行った。

みんな大喜びしてハグしてくれ、元気か尋ねててくれた。

日本のお茶を持って行ったら、「空の鳥が持って来たチャイニーズのお茶みんなで飲みましょう。」

チャイナとちゃうんや…私が来たの

10年ひと昔というが、微妙に変化していた。

シスター〇〇だった人々の数名がマザー〇〇に昇格してお揃いの白いスーツを着ていた。

帽子が大好きで全部の指に指輪してハイヒールだった方はご主人を亡くされてぺたんこ靴で杖だった。聖歌隊リーダーも首の手術で少し不自由になっていると聞いた。ブラザー・ジェイもトンプソン牧師も天国に行った。私はお悔やみを言ったり、間違えたり、ややこしかった。「お母さん亡くされて」と言ったら「母はここです。」と言われたり。

驚いたのは牧師さんがやめて、以前は役員だったディーコン・マホーニーが資格をとって牧師さんになり、ピアニストがマーヴィン・マーフィーになっていたことだ。彼はかつてロクスベリーで一番大きい教会のピアニストだった。私が知る限り、ボストンで一番才能のあるピアニストで、アルバムも出しているし全米黒人教会講習会の講師もしてテキストの制作にも関わっている。彼を雇える程教会が成長したんだなと思う。

その一方で、話には聞いていたが、伝統的なゴスペルが大幅にコンテンポラリー音楽に変わっていた。プリーチすらなかった。ショックだった。

飛び入りで古いゴスペルを歌うのはおばあちゃん達だけだ。彼女達は数百曲のゴスペルを何も見ないで歌えるのだ。*1

古い記憶に残っているゴスペルが、消えて無くなったら、悲しいなあ。

でも「コンテンポラリー化」して変化し、以前より子供も増え、教会がオーガナイズされていると感じた。駐車場がいっぱいだったし、メンバーも増えたそうだ。

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長椅子に置いてある団扇の絵も、葬儀社の広告の入ったキング牧師や黒人のイエス様から、教会オリジナルのになった。表は今の教会で、裏は昔の教会。*2

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https://youtube.com/tqlq7YmYhdU:embed

*1:録音して採譜してきたので、確かだと思う。

*2:ルート1と99号線の間にある、墓とモーテルと採石場に囲まれた寂しい場所にあったが、大型量販店が買い取りたいと言いに来たので、白人の教会の立ち並ぶメソジスト教会(1855年創立)を買い取った。献堂式には道路も閉鎖され新聞記者が来た。警察が来て道路封鎖を手伝った。

ランチとディナー

大家さん夫妻と元ルームメイトMさん夫妻の家へ行く。

料理を作って待っていてくれた。

猫4匹飼っていたロビンも来ていた。

グルテンフリーのメニューでとても美味しかった。

Whole Foods Marketで買ったベリー3種の上に生クリームを乗せたデザートを堪能。

彼女の新車は電気自動車。州の援助で月150ドルで済むそう。一晩の充電で100マイル走るそう。

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夕方ジョンがやって来たので、しゃぶ禅へ行く。

中華系がやっている店なので、珍しいものが入っていた。f:id:dollyosaka:20181007113641j:imageトマトや厚揚げは普通はしゃぶしゃぶに入れない。

いつもカレンダーを送ってくれてありがとうとお礼を言う。

ジョンは日曜も働き、リーマン・ショックの時ですら首にならず、会社のためにあれほど尽くしてきたのに去年クビになったと言う。昇進すると経費カットで辞めさせられるのがアメリカの社会の厳しさだ。

可哀想でたまらない。

ジョンが帰った後、スーザンというホームステイ先のお客とジムの伴奏で昔のミュージカルを順に歌う。