１２年前の今頃、私はある病院に入院していた。腹膜炎だった。隣のベッドに８０代と思われる女性が入院して来た。抗がん剤治療だ、との事。入退院を繰り返したため闘病生活の大変さを語られ、私は同情して泣いた。まったく食欲も無く、つらいのだそうだ。ところが、彼女は朝から病院食を無視し、「モーニングセット」を食べるため喫茶店へ出かけ、お昼には出前でカレーうどんを注文、病室でつるつるとおいしそうに召し上がっていた。「え？食欲がないのでは？」と思った。そしてどこから仕入れて来た情報か「あんた、ピアノの先生しているの？」と尋ねて来た。周りの人々に関心を持ち、噂に耳を傾け、気のせいかもしれないが病院生活を楽しんでおられる様子だった。毎日忠実に見舞いに来るハンサムなご主人とやさしい息子さんにはわがまま放題言っておられた。そして私が退院して間なしのある日突然永眠され、ナースとドクターに見送られて運ばれて行かれた。
彼女の人生を思う時、最期まで人生を楽しめた彼女は仕合せだったろうな、と思う。
